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自然農&無農薬・無化学肥料栽培をし始めてはや10年、。気が付けば30代も後半に、。 日々のうんちゃらかんちゃらをとぼとぼと記録していく日記です 有機農業・車いじり・ネコ・考え事、、。 なんだかカオスだけど、それが僕。
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2年前のこれ【大問題だと思うんだ。種子法撤廃】に書かせていただいた『主要農作物種子法廃止問題』に対して、やっと代案が打てる形となりました。
―――――――――――――――
以下長文です



『主要農作物種子法廃止に伴う条例制定』ということで、
長野県種子条例【正式名称 長野県主要農作物等種子条例】骨子(案)の説明会が、2月に開催されました。
事前に県内の関係団体から聞き取り調査を行い、条例に盛り込むことができる事項、それは難しいが今後の施策立案の参考とする事項等の説明が行われました。ここにきてハッキリ『主要農作物の種子の安定供給・将来にわたる消費者への食料供給に県が責任をもって関わっていく』という姿勢が公式に示されました。
担当課長さんからは「条例骨子(案)を作る前段階から県民の声を集め、県民発信で条例を作るということはこれまで無かった。制定に向けての過程からも前例がなく、画期的な条例になる」とのコメントが出ました。

質問をすると県外との連携についても説明があり、1993年の冷害時に種籾が確保できなくなった岩手県に石垣島が融通した事例を例に質問すると「台風、自然災害等で種籾が県独自で確保できないような場合にも、条例等があり種籾確保の体制のある県が別にあれば、融通し合うことはできる」との説明がありました。日本各地で種籾確保の体制が整えば、全国で融通し合える体制の確立ができるかもしれないと、農家、いち日本人として希望を持てる話だなあと嬉しくなりました。
さらには長野では主要農作物の他に「ソバ」と「県指定の信州の伝統野菜(在来品種)」が条例で保護する品目として明示される予定であり、県農業の持続的発展への寄与、信州の食文化の継承も、条例制定の趣旨として謳われています。また、「遺伝子組み換え農作物の県内への作付・流入の懸念」については、種子条例に盛り込むことはできないが、特に県民の懸念が多かった事項として、条例とは別で県独自のガイドラインを設ける方針があることが示されました。
旧種子法の範疇を超え、拡充された条例となって生まれ変わることができそうなので、「思っていた以上の条例が出来上がってきそうだ、、、、」と、ワクワクする状況にすらなってしまいました。
―――――――――――――――
僕は『食糧自給が出来なくては生きていけない。それだけはできる生き方を』というのも一つ理由として
農家になった節があるのですが、
これで仮にもし農家では無くなってしまったとしても(笑)、
一応「長野県民」で「長野県に農家が居続けてくれている(コメ・麦・採種)」限りは、
最悪飢え死にすることは無くなるんじゃあないかなぁ、と、大きい安堵をしている所であります。

―――――――――――――――

ここまでくる道中は、とても長い2年間でした、、。

『主要農作物種子法(以下場合により「種子法」)』、僕が農家になるずっと前、中学生の時に、農業関連の法律の中で一番最初に知った法律。
農業界へ入る直接的きっかけとなった『地元須坂にある、県農事試験場(八重森)一般開放日』の見学での出来事でした。「種子も古くなると発芽能力が落ち、品種が途絶えてしまうため、数年おきに畑に降ろし、また種を取るという仕事が連綿と続けられてきた。」と、農業試験場の職員さんから教えていただいたのです。「国民皆が2度と飢えることの無いよう」にと戦後に出来た『主要農作物種子法』に基づく「行政による食糧確保の基本事業」。
まさにその現場が、須坂市は八重森にある県農業試験場だったのです(今でも)。

僕は深々と意義を感じました。「僕が農家でもないのにこうして生きていられるのは、こういう施設があって、決まりがあって、国が食糧確保の根本、種をずっと守ってくれてるからだったんだなぁ」と。

そんな大変意義深き『主要農作物種子法』だったのですが、いかんせんマイナーな法律でした。意義や意味の説明考慮・ろくすっぽな審議もされないうちに、一昨年2017年4月、「廃止にする」ということだけが、内閣発信で突然決まってしまったのです。
そのニュースを知り、記事を書いた2年前は「種子法」をまず『知っている人を知らない』所から始まり、
自分個人のFacebook記事で広報したところで、最も身近な知人に知らせられる程度、、。
仲間もいなく、どうしたらよいのかわからない所からのスタートでした。

その後ずっと、種子法に関わる活動をしてきました。
まずはちょうど2年前の3月に事務局長に就任した、長野県有機農業研究会への働きかけからでした。
普段から意識の高い有機農家の仲間達なのですが、最初はその仲間ですら、「知らない・よくわからない」と言われるところからのスタートでした、、。
一人でのたうつ中、昨年には志同じくして動いていた『NAGANO農と食の会』の学習会に呼んでいただき、行動を共にさせていただくこととなりました。「まずは足元から。長野市から条例制定の請願をあげていこう」という動きに参加させていただき、実際に長野市議会から請願をあげていただくことが出来ました。
時を同じくして南信、伊那谷地方で多数の市町村から請願があがっていることを知ります。のちに連携して行動していただくこととなった『子どもの食・農を守る会伊那谷』代表の関島百合さんが孤軍奮闘していらっしゃるということを知りました。
その後も長野県有機農業研究会とNAGANO農と食の会の共催ということで学習会を開催させていただき、
有機農研北信地区学習会ではおそらく史上最大規模の動員(松代文化ホール立ち見。完全に農と食の会さんの尽力の賜物)を達成する等、『個人で取り組んでたらあり得なかった事態』を多数経験させていただきました。

他にも県域全体で同地多発的に学習会等が開催され、有機農研の仲間を通じて連絡が入ったり、広報に協力する等の出来事がありました。『子どもの食・農を守る会伊那谷』さんでは農協さんも味方につけ、全県の関係者が集って問題解決に向けて取り組むという運動になっていきました。

、、、。
昔から人づきあいが苦手であまり友達の多いタイプではなかったのですが、
思い出と幼いころからの自分の夢を守るためにただ頑張ろう としていた所、
気が付いたら周りに方向性を同じくする仲間が集まってきてくれていて、船団のような形で夢や問題に立ち向かっていくという、何やら漫画のワンピースのような事態になっていました。
気持ちだけはルフィのようです。海賊王にはなりませんが(笑 今度きちんとワンピを読んでみようと思います)

―――――――――――――――
有機農業研究会の事務局としては、県庁農政部・副知事さんへの訪問・折衝・中継ぎ・陳情((?)と言っていいのかな、県内各グループの状況報告や相談)をずっと行っていました。
なんせ正規の行政慣例など知りません、、踏むべき手続きや『市民の意見を聞いて欲しい時に提出するべきフォーマット』みたいなものもあったのだとは思うのですが、『陳情書』『要望書』『公開質問状』等、仰々しいお願いや意見のぶつけ方、形式のある働きかけはほとんどとらずに「おねがいごと」の体でずっと働きかけをすることが続きました、、、。

それが良かったのか悪かったのかは分かりません。が、有機農業推進施策等で普段からお世話になっている県農政部の職員さんはじめ、関わって下さった皆さんには柔和な対応をしていただくことが出来ました。そして県知事の昨年9月定例議会での『条例を制定します』との表明。内容は前述のように、全国の先駆けともなる画期的な内容で、制定を求めていた仲間からも「思っていたより踏み込んでいてすごい」と口々にコメントが出るレベルの内容でした。

完全に県の職員さん、関わって下さった議員さん、関心を持ってくださった県民の皆さん、団体の皆さんのおかげです。本当にみんな気持ちだけで動いてくださって居て、文字通り「オール長野」になれた気がして、嬉しかったです。
みんな本業がある中、目先一銭の得にもなった人はいないと思います。僕だってそうです。何なら過去最低売り上げを更新してしまいました(汗)。転覆しそうになりながらも必死に頑張ろうと思います。こぎ出した時はイカダだったのに、船団の先頭に立たされているようでいます。

今では県外から情報提供を求められたり、伝えたりと、運動が全国区になってきました。先日この動きが海外にも知られることとなったと知り、ついに世界に波及するのか!?と非常にスケールのデカい話になり、ソワソワしています。
県議会議員選挙も終わってからの6月議会にて、条例は正式に採択され、僕ら県民の食糧を守る取り決めとして、法的根拠をもって運用されることとなります。まだ本当の本当には決定が下ったわけではないので、それまで、昨年までの尾をひいて、結実を見届けたいと思います。

PS。
そして、先2月の総会をもって、長野県有機農業研究会の会長に就任いたしました。
思い出と幼いころからの自分の夢、そして支えて下さった仲間の夢を守るためにただ頑張ろう。そう思っています。長文失礼いたしました。これからもよろしくお願いいたします

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プロフィール
HN:
ねこひげ@めがね
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1985/03/30
職業:
農家。
趣味:
にゃんこ、みぜっと、さんぽと旅。
自己紹介:
~ここ最近のあらすじ~
10年経っても諦められなかった夢、
自分の中でもぞもぞした夢。
叶えてその後、10年が経ちました。

『農家』になってはや10年、。
人もうらやむ夜更かし昼寝。自由が利くのはいいけれど(笑
手伝ってくれる仲間も出来た。、あとは稼ぐだけ!!のトコまで来た(笑
まぁそこまで。 まだ稼げてはないんだなぁ、、。
稼ぐ以外のやりたいことは、やり切ったからいいんだけどね✨


お客さんにもボカスカ買っていただけてる。「インディーズ ファーマー」って肩書は取れたw
あともうちょっと、。人が羨むぐらい稼いだら、世の中も勝手に変わるんじゃないかと思ってる、、。

まぁ、焦るな焦るな。忙しい中でものんびりと。納得のいくように、やりますv


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愛車、ミゼット2。小学生の時に気になり、「いつかは乗りたい」ともやもや過ごし、運転免許を取得した帰り、中古屋さんで偶然の出会い、そして即購入。以来17年、一緒にいてくれています。
今はお庭でお休み中。でもまたいつか、走りたいね。
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愛猫みるくは、大学の2年目、生後6日の所を拾い、そこから一緒に暮らしてきました。この4月、17歳で逝去しました。
早かったなぁ、長かったなぁ。
いつもありがとう、今もありがとう。

そんなこんなの僕なのでした。


2022 04月 更新。
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